数学の話へと持っていくためには前準備が必要ですが、今回は近代日本の夜明け幕末から維新にかけての一つの事件を取り上げます。
それは1853年のペリー提督率いる黒船来航です。
この頃の狂歌に「泰平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯で夜も眠れず」があります。
上喜撰とは宇治の高級茶のことですが、これが黒船の蒸気船にかけられ唄われました。
ここから日本は一気に近代化へと進みます。「散切り頭を叩いて見れば文明開化の音がする」という歌もありますが、欧米列強に追い付け追い越せで、僕が物心ついた時には1945年の敗戦、空腹の毎日の食糧難でした。
この時代の変化をもたらしたものは、17世紀ヨーロッパで始まった科学革命ですが、これを実現したのが、中世哲学から生み出されてきた自然哲学と数学の結合であったのです。
話は必ずしも時系列ではありません。むしろ昔へと遡っていく形になりますが、この辺のことは日本人が誤解して理解しているところがありますので、ゆっくりとあまり急がずに進めていきたいと思っています。
近代化の曙は、15‣16世紀のコペルニクス、ケプラーに始まり、ガリレオにおいて近代科学として産声をあげます。
ガリレオは物が落下するときには、秒毎に 1,4,8,16倍,…と距離が伸びていくことを発見しました。ガリレオは次のように言っています。
「自然(宇宙)は数学という言葉で書かれている。…」
ガリレオの思想の全体に照らしてこの言葉を書き直してみれば、
「魂の言葉は聖書の中に書かれているが、自然の原理は数学という言葉で書かれた」と言っていることになります。
ガリレオは自然を第二の聖書と考えていて、それは数学で読み解かれるものであると、言明したのです。
自然の数学的理解がなかったなら、近代科学も起こりませんでしたし、産業革命もあり得ず、今でも文化は勘と技術での発展と言う牛歩の歩みであったことでしょう。
人間が自然の原理と言う秘密のカギを手入れたために現代の物質文明が開花したのですが、ここから大量破壊兵器までが作られ二度に及ぶ世界大戦が行われました。
さらに現在ではルーチェルさんが「沈黙の春」で指摘しているように環境問題という深刻な問題を抱えることになりました。
(一つ一つのキーワードは、詳しくは触れていませんが、検索で調べてくだされば助かります。)
協力牧師 Amos (A.S.S.)
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